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『洞爺湖温泉周辺』です。【洞爺湖観光貸切送迎個人タクシー高橋】
洞爺湖観光貸切タクシー・送迎観光ジャンボタクシー高橋の『洞爺湖温泉周辺』観光案内です。
洞爺湖
洞爺湖は、周囲43㎞のドーナツ型の湖です。
一番深いところで179m、北海道では支笏湖・摩周湖に次いで3番目に深く、冬でも凍る事がありません。
今から、数万年前の火山活動で、土地が陥没し、そこに水がたまってできたカルデラ湖です。
カルデラとは、スペイン語で「くぼ地、または鍋」という意味です。
湖の中央には、大島・観音島・弁天島・まんじゅう島の4つの島が浮かび、あわせて、中の島と呼んでいます。
また、湖の向こうに見えている山は、昭和52年に大爆発した有珠山です。
左端に畑が盛り上がって出来た、昭和新山も見えます。
有珠山
洞爺湖を挟んで向かい合う、美しい蝦夷富士羊蹄山とは対照的に、赤茶けた活火山の有珠山が見えております。
活火山有珠山は、昭和52年8月7日(午前9時12分)、突然、山頂から噴煙を吹き上げました。
天をつくキノコ雲が空を覆い、麓の市町村は、はげしく降る軽石や火山灰のため、あたり一面真っ暗になりました。
7日に始まった爆発は、8日・9日とつづき、赤ん坊の頭ほどもある軽石が、屋根や道路に砕け散る音は、天地をひっくり返すほどのすさまじさで、付近の住民は、先を争って避難しました。
14日の朝になってようやく収まりましたが、この間大小あわせて18回の噴火を記録、地震は、1日1500回以上を数えたといわれ、オガリ山という新しい山(熔岩塔)も生まれました。
そして、噴き出た火山灰は、2億㎥、東京ドーム160杯分にもあたり、遠く、オホーツク沿岸の網走にまで、灰をふらせました。
まわりの市町村は、火山灰と火山礫で埋め尽くされ、多くの森林が被害にあい、農業・漁業・観光産業と、被害総額は260億円にも達したということです。
今は、天地創造のドラマも幕をおろし、美しい湖面に、その穏やかな姿を映しております。
昭和新山
湖の向こう左端に茶褐色の3角形の山がみえていますが、昭和新山です。
世紀の奇蹟、昭和新山の誕生についてご案内いたします。
昭和18年、暮れも押し迫った12月28日、このあたりは、はげしい地震に襲われました。
有珠火山が、明治43年以来、33年ぶり活動をはじめたのです。
この地震とともにはじまったのが、土地の隆起でした。
50件数軒ほどの家と、広い麦畑が、毎日少しずつ盛りあがり、翌年の5月には、50mほどの丘になっていました。
そして、6月23日、この麦畑の丘が、ついに大爆発を起こしました。
爆発は10月まで17回もつづき、とくに、爆発のはげしかったときには、岩石が1㎞四方にも飛び散り、幸い、死傷者はありませんでしたが、裾野いったいはの人々は恐怖の毎日でした。
この爆発の間も土地の隆起はつづき、12月上旬、白煙をあげる火口の中央から、ついに、真っ赤な熔岩塔が、ゆっくりと地上に
押し上がって来ました。
そして、それは1日に1mから1m半の速さで盛り上がり、昭和20年9月、ピタリと活動を停止した時には、周囲4.6㎞、標高406.9mの火山になっていたのです。
その期間、わずか1年9カ月のできごとでした。
火山は、そのできかたや、形によって色々分類されますが、この昭和新山のように、熔岩だけが固まってできた山は、現在、世界でも例がなく、昭和32年、国の特別天然記念物に指定されております。
中の島
湖の中に4つの島が浮かんでおります。
一番大きい島が大島、その隣、三角形の小さな島が観音島、観音島の隣の平らな島が弁天島です。
また、大島と観音島の間の、かわいらしい丸い島は、まんじゅう島です。
この4つをあわせて中島、または中の島と呼んでいますが、いずれも湖ができたあとに、ふたたび噴火して生まれた島です。
それでは、大島から順に紹介致しましょう。
大島の周囲は8㎞、水面からの高さ381mで、野生のエゾシカが多くすんでいます。
また、ここには森林博物館つくられています。
観音島には、円空上人の彫った、ナタ彫り観音が祀られ、弁天島には、今から140年ほど前の、安政年間(1854年~1860年)に建てられた厳島神社があります。
また、まんじゅう島は、アイヌ語で「ポンモシリ」『小さい島』といい、ヘビが沢山すんでいるところから、蛇島とも呼ばれています。
洞爺湖温泉の歴史は、比較的新しく、明治43年、有珠山の火山活動で、お湯が湧き出し、大正6年になって、三松正夫さんという方が、はじめて旅館(竜湖館)を開きました。
当時は、床丹温泉と呼ばれる、小さな湯治場にすぎませんでしたが、昭和24年、支笏・洞爺国立公園の指定をうけてから、全国から訪れる人が多くなり、今では、沢山のホテルが建ち並ぶ温泉街となっています。
泉質は無色透明の弱食塩泉で、神経痛・リュウマチ・冷え性などに良く効くそうです。
洞爺湖の四季
「千年の 緑とかして 洞爺湖は
乙女の涙 たたえるが如し」
と、うたわれる洞爺湖です。
洞爺湖の四季をご紹介致しましょう。
洞爺湖の春は5月上旬、エゾ山桜・染井吉野が湖畔を薄紅に染め、羊蹄をうつす湖面にも、やわらかさが戻ってまいります。
つづいて、遅咲きの八重桜が散り、木々の緑に深みを増してくると、夏はもう目の前です。
夏の洞爺湖は、一年中で一番華やかな季節です。
遊覧船やモーターボートが、白い波の帯となって駆けめぐり、湖水祭り・昭和新山火祭り・ロングラン花火大会など、多彩な行事がくりひろげられます。
中でも花火大会は、夏の夜のビッグイベントで、3ケ月にわたって、洞爺湖の空に大輪の花を咲かせます。
そして、その歓声も冷めやらぬうちに、短い夏は終わりをつげます。
湖を渡る風に秋の訪れを感じ、黄色や赤に染まった紅葉の炎が、またたくまに燃え広がって、衣替えの季節を迎えます。
「中島の 処女林や 初紅葉」小説家・童話作家として知られる巌谷小波の句です。
やがて、羊蹄の頂に、白いベールがかかり始めると、冬将軍は急ぎ足でやってきます。
しかし、洞爺湖のまわりは、スキー、温泉、冬まつりと、長い冬を彩ります。そして、大自然が活動を停止したかのような静寂の中で、静かに春の訪れを待つのです。
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