倶知安町観光貸切送迎タクシー・ジャンボタクシー、北海道札幌小樽観光個人タクシー高橋のニセコ東急グラン・ヒラフスキー場観光案内です。

虻田郡倶知安町山田204に有る、ニセコ東急グラン・ヒラフスキー場です。

ニセコの4つのスキー場の中でも最大の規模を誇り、その歴史は50年以上になります。

麓には宿泊施設や温泉、飲食店等の街並みが広がっておりアフタースキーも充実しております。

8人乗りのヒラフゴンドラや、エース第2クワッドセンターフォーリフトは基幹リフトとして、スキーヤー・スノーボーダーを山の中腹まで運ぶとともに、パウダースノーを堪能できるコースへのアクセスでもあります。

下部は地形変化に富んだダイナミックなコースで、中間部は岳樺(ダケカンバ)の森の中になだらかなコースレイアウト、そして上部の1000m大地周辺は森林限界を超え、開放的なオープンバーンでの滑走が楽しめます。

初心者から上級者まで、圧雪コースからパウダーコースまで、全てが楽しめるリゾートです。

リフト・ゴンドラ合わせて16本

※運航状況は要確認お願い致します。

コースも何と12コースで国内最大級

※コース・オープンクローズ情報も要確認お願い致します。

雪と気温

北海道はおよそ半年の間、雪と氷に覆われます。

しかし一口に、北海道といっても大変広く、地域によって、雪の量や気温にだいぶ差があります。一般に、雪の多いのは、北西の季節風をまともに受ける日本海側で、太平洋側は雪が少なく、かわりに寒さが厳しくなっています。

初雪は例年、10月下旬から11月初旬にかけてですが、降っては消え、消えては降り、やがて本格的な寒さの訪れとともに、雪はそのまま残ります。これを「根雪」といい、根雪になると冬もいよいよ本番です。

雪雲は、石狩平野のふところ深く入り込んで、大雪を降らせ、この雪に風が加わります。

強い風は雪を舞い上げ、ときには1m先が見えない事もあり、至る所に吹き溜まりを作って、ドライバーたちを悩ませます。

羊蹄山の麓、倶知安町やニセコ町、真狩村、留寿都村、京極町周辺は、北海道でも有数の豪雪地帯ですが、除雪の機械化や、雪をとかす技術が進んだ今でも、本通りから一歩はずれると、山のような雪の回廊が続きます。

寒さの中心は1月下旬から2月に掛けてで、シベリア高気圧が、スッポリと北海道をつつみます。海岸地方はさほどでもないのですが、内陸の盆地や山間部は、マイナス10度以下になるのは普通で、マイナス20度より下がることも珍しくありません。

このような寒さのことを、私たち道民は「シバレル」といっています。「今朝はシバレルねぇ~」とこんな具合です。シバレルと、雪は歩くたびにキュッキュッと鳴り、空中空気が凍って、まるで小さなダイヤモンドのようにキラキラと輝く「ダイヤモンドダスト」と呼ばれる現象が起きます。

寒さの厳しい北海道の冬ですが、吹雪の去った朝、陽の光が、一面の銀世界にキラキラと輝き、ぬけるような青空と、美しいコントラストを描く光景は、北国の冬ならではの景観です。

比羅夫

比羅夫は「日本書紀」に出て来る「阿部比羅夫」の名をとってつけられたものです。

日本書紀に、斉明天皇の時代(658年頃)、阿部比羅夫が、船180隻をもって蝦夷地へわたり、シリヘシに役所(政所)を置いたと書かれております。

そして、その「シリヘシ」が、この辺りだったと考えられ、比羅夫の名前がつけられたそうです。

※この話には裏付けされるものがありませんので、今は伝説の域を出ませんが、幕末のころ、ロシアの南下などで、北方の守りが問題になったとき、幕府の命令で、蝦夷地警備にわたった、津軽藩や南部藩の武士たちの士気を高め、心を支えてきたのは、この阿部比羅夫のお話しでした。

明治政府もこの伝説を引き継ぎ、移民政策に利用しています。

北海道初の鉄道で小樽と幌内間を走った「義経号」(1号)、「弁慶号」(2号)、「しずか号」(6号)、の仲間には、「比羅夫号」(3号)も加えられ、明治41年、運行開始した青函連絡船にも「比羅夫丸」が登場しております。

比羅夫登山口

蝦夷富士羊蹄山へ登る登山口はいくつかありますが、ここ比羅夫から登るのが一番ポプュラーなようです。

(他に真狩・留産・京極からの登山口もあります。)

周囲1㎞ほどのかわいい湖、半月湖や、高山植物のお花畑を眺めながらおよそ8㎞、4時間半ほどのコースです。

羊蹄山の名前

羊蹄山は、「羊の蹄の山」と書きますが、実際のところ、「後ろの方の羊蹄」『後方羊蹄山』と書いて「シリベシ山」というのが、正しい名称です。

(後方羊蹄山~後方を「シリべ」羊蹄を「し」と読み、シとはシブクサと植物の名前)アイヌのひとたちは、「マッカリヌプリ」『川がとりまいている山』あるいは「マツネシリ」『女の山』と呼んでおりましたので、これに羊蹄山、蝦夷富士、そしてシリベシ山を加えますと、本当にたくさんの名前を持っている山です。

羊蹄山のガリ

この美しい羊蹄山も、頂上から麓にかけて、幾筋もの傷あとが見られます。

地元の人たちは、「ガリ」と呼んでいますが、もろい岩肌のためにおこる、土砂崩れや落石の跡です。

あの「ガリ」をそのままにしておきますと、大雨の後には、水の流れ道となって、新たな災害を招きます。

そのため、植林をしたりり、ダムをつくるなど、土砂を防ぐ努力が行われていて、ここから御覧いただくだけではわからない、自然との戦いが続けられております。

倶知安町

倶知安町は、アイヌ語の多い北海道でも変わった地名の1つで、多くのひとたちが、いろいろな説をだしておりますがはっきりとした意味はわからないようです。

開拓は明治25年、仁木町から移り住んだ、16人の人たちによって始められました。

当時は原始林と、身の丈をこすネマガリダケにおおわれていたところで、開墾して数カ月後、はじめて「富士山に似た山がある!」と羊蹄山に気がつき、ビックリしたという、笑い話のような話が伝えられております。

ところで、このあたりは、冬の季節風が羊蹄山にぶつかって雪を降らせるため、北海道でも1,2をあらそう豪雪地帯です。

一冬で10数mの雪が降り、町全体がスッポリ雪に包まれて、ときには、交通機関などもストップすることがあります。そこで、「雪を流す施設」流雪溝が考えだされました。

車道の両側に溝をつくり、川から引いた水を流して、そこに雪を捨てるというシステムです。

おかげで、長い間つづいた、雪との戦いもたいへん楽になり、倶知安名物だった雪の山は姿を消してしまいまし。

しかし、一方ではこの雪が、「スキーの街」として倶知安を有名にしているのですから、なんとも皮肉なお話しです。

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