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積丹ブルーの海と日本の渚百選・島武意海岸です。
積丹ブルーの海と日本の渚百選・島武意海岸です。
積丹町入舸に有る、積丹島武意海岸・積丹岬です。
積丹半島の先端は、カタツムリのツノのように、積丹神威岬と積丹岬が突き出ていますが、積丹入舸はその1つ、積丹岬にいだかれた小さな漁村です。
市街から積丹岬へは簡単に行く事が出来、日本の渚100選の島武意海岸の絶景もお楽しみ頂けます。
また、島武意海岸へは、地下水のしたたり落ちる素堀りのトンネルを通って行きますが、暗いトンネルを抜けると、そこには積丹ブルーの青一色、ファンタジーの世界に飛び込んだような素晴らしい景観です。
積丹町の海一部が道内唯一の海中公園に指定されておりますが、美しい島武意海岸は第二号の指定地で、その絶景を望むのに必見の場所がこの島武意トンネルを抜けた所です。
神秘的な海の色、天然の名工が刻んだ岩の芸術、海の底まで見えるほど入り江の水は青く澄み渡り、夏ともなりますとひんやりとしたトンネルをくぐり、未知の世界を冒険する様なスリル味わう事が出来ます。
この島武意海岸は明治18年(1885年)に齊藤彦三郎という人がニシン漁に「魚網」という漁網を発明して鰊場を経営していたところです。
明治28年にシマムイ漁場の斜面を登り、苦心して私財をなげうって開削したのが延長30mの程の「島武意トンネル」です。それ以来、鰊をモッコ入れて背負いながら急な坂道を上りトンネルを通行してこちら南側の干場に運びました。
元々積丹岬の北に位置する島武意の浜は断崖絶壁の続く険しい海岸線、その浜から陸にニシンを運ぶ為には、どうしても岬のどてっ腹を繰り抜かなくてはなりませんでした。
そんな必死の思いで作ったトンネルも、現在は観光客が島武意海岸の散策を楽しむ為に利用しています。
積丹ペニンシュラリゾート21
第一次産業である漁業に町の命運を託し続けてきた積丹町は、時代の流れに呼応して今、新たな観光地としての歩みを始めました。それが「積丹ペニンシュラリゾート21」です。
それとともに積丹半島の海岸線に位置する町村の長い間の念願であった国道229号線が平成8年11月1日全面開通の日を迎えました。この事はペニンシュラリゾート計画に大きな希望の灯をともすきっかけにもなっております。
行き止まりUターンコースと陰口を言われ、幻の国道とも囁かれていた国道229号線でしたが、最後の工事区間が積丹町と神恵内村を結ぶ「西の河原トンネル」の堀削工事でしたが、順調に進んで全線開通の日を迎える事が出来ました。これに向けて町の観光産業を見直し、全町民挙げて「町おこし」につなげようと、様々な計画をたて実施に当たっております。
まず、日本海に面している事は、獲れたての新鮮な魚介類の提供に事欠くことは無く、また、自然豊かな積丹の山々や原野に産する山菜や、有機栽培の美味しい作物、グルメ趣向にはたまらない魅力です。これらの山海の幸を大いに売り込もうと宣伝に努めています。
積丹半島は那須火山帯に属しており、余別岳(1298m)、積丹岳(1255m)などの高山があり、最近はこれらの山に登山する人々も多い様です。
さてこれらの山々の裾野が海岸まで迫っており、所によっては断崖絶壁を為し、また、海中になだれ込んだ岩石は長い間、波の浸食を受けて様々な形の奇岩怪石となって海岸に横たわっています。その光景は人間の力など及ばぬ自然の偉大な芸術品の数々です。
神威岬・積丹岬・黄金岬・厚苫岬など変化に富んだ海岸線の景観を大いにアピールしようと、車道、駐車場、爽やかトイレなど施設の整備や、遊歩道や案内板の設置にも力を注ぎ、訪れた観光客へのサービスに努めております。
また、「ソーラン節の発祥地」をアピールしようと「ソーランディスコ」の振り付けを考案しました。かつて漁場で威勢よく歌われた鰊場音頭を実際の鰊場で再び聞くことは出来ませんが、ならばその寂しさを消そうと始まったのがソーランディスコ、「此処までやるのか!!」の勢いで、老いも若きも機会ある事にディスコを楽しもうと意気込んでおります。
此れもまた、「ペニンシュラリゾート21」の精神を大いに力を添える原動力になっているようです。
地方の町に活力を!!と町民全員が努力し、積丹町と積丹半島の復活を願っています。
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