積丹町での観光貸切チャーター個人ジャンボタクシー高橋の積丹町・神威岬観光案内です。
積丹半島神威岬
積丹神威岩のほか、積丹念仏トンネル、積丹メノコ岩、積丹水無しの立岩、積丹ノナマエ洞窟、積丹サメの泳ぐのが見えるというサメ穴など、たくさんの見どころがあります。
中でも念仏トンネルは、両サイドから掘り始めた穴が、途中で食い違ったためにまがっていて、真ん中辺りは真っ暗で、手探りで歩かなければならず、スリルと楽しさを、一度に味わえる所でしたが、現在は落石など危険な為通行止めになっています。
また、先端には明治21年(北海道で2番目)に建てられた、神威岬灯台が立っています。
神威岬の婦女通行の禁、神威岬付近は、天気の良い日でも波の高いことが多く、むかしは、少し荒れだすと、小さな船ではなかなか通る事が出来なかった難所で、蝦夷三険岬(茂津多、神威、雄冬)の1つに数えられいた所です。
ところで、松前藩時代には、この岬から北へは、女性が行く事を認めておりませんでした。
それは松前藩ではこの岬から北は、和人の定住を禁じていて、そこに女性が入るということは、定住を意味したからでした。
和人が交通の不便な奥地に、どんどん入るようになっては、藩の力で、とても取り締まる事が出来なくなるからです。
したがって、奥地に入るのは、ニシン漁へ行く男だけに限られていて、恋しい人との別れを惜しむ、妻や恋人の思いが、「恨みますぞえ、お神威さまは、なぜに女の足止める」「忍路高島およびもないが、せめて歌棄磯谷まで」と、追分節にもうたわれています。
この女人禁制の掟が解かれたのは、安政3年(1856)、蝦夷地を幕府が直接おさめるようになった翌年の事です。宗谷へ赴任するお役人、梨本弥五郎が、初めて妻子をつれて、この岬を通過しております。
積丹の漁港
積丹町には7つの漁港があります。かつてニシン漁で栄えた時代を背景に、現在もなお忙しく出船入船が昼夜をとわず行きかう様は、何時見ても活気がみなぎって力強い風景です。先祖代々受け継いで来た漁業を今も続ける漁民たちの顔は自信に溢れ、つくづく男の仕事場という感じがいたします。
ニシンに去られてもなお、ここに留まって先祖の残した足跡を消す事なく、積丹の海を守り続けている人々の姿は美しく、明るく前向きに時代を見据えて漁をしているのでしょう。
日本海の荒波が始まり、青葉の茂る5月を迎えると浜はヒラメ漁が始まります。
6月はウニ漁、7月はイカ漁の季節、このイカ漁が始まると遙か沖に点々と灯りがともり、まるで不夜城といった光景がみられるのです。イカ漁ならではの光景は秋に入っても続きますが、やはり秋と言えばサケ漁と相場は決まっていて、大掛かりな漁が展開されます。漁民の仕事はこれで終わらず、凍てつく寒い冬も「スケソウ漁」が待っています。スケソウダラ(スケトウダラ)は蒲鉾の原料であり、紅葉子・明太子の原料となる腹子はこのスケソウの子なのです。
こうして日本海の豊かな恵みを追って、今日も多くの船が浜に、海岸に、沖に出漁して、私達の食卓にいつも新鮮な海の幸を届けてくれるのです。