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ニセコ町

ニセコは「スキーのメッカ」として、全国的に知られておりますが、町の名がカタカナと言うのも珍しく、滋賀県マキノ町と、ここの2カ所だけです。

また、同じようにカタカナを使ったJRの駅は、このニセコ・マキノの他に、北海道にあるトマム駅が有ります。

町の産業は、稲作やバレイショ・ビートなどの農業が中心で、酪農もさかんなところです。

ここニセコ町には、有島という地区が有りますが、小説家として、また、評論家として有名な有島武朗の農場があったところです。

有島武朗は、札幌農学校を卒業して、北海道大学(当時、東北帝大農科大学)の教授も勤めた人で、後に作家生活に入りました。

『或る女』、『生まれ出づる悩み』など、多くの名作を発表し、このあたりを舞台にした『カインの末裔』では、戦前まであった、大農場で働く小作人の姿をえがいております。

北海道では、大正の中ころから、小作争議が活発になりますが、父の武から農場を受けついだ武朗は、大正11年、『水・空気・土地などの自然のものは、個人が持つべきではない』と、農場解放の宣言を行い、450haの土地を、すべて小作人(69戸)に共有農場として解放したのです。

当時としては、まさに画期的なことでした。

現在、その農場跡には「父、有島武これを開拓し、子、武朗これを解放す』と刻まれた、農場解放記念碑が建てられております。

有島武朗

有島武朗は、明治11年、大蔵省の官吏、有島武の長男として東京に生まれました。

画家の有島生馬、作家の里見弴はその弟です。

学習院を経て、19歳で札幌農学校に編入、卒業後はアメリカに留学し、文学と社会主義思想に関心を持つようになりました。

帰国後、母校農学校の後身、現在の北海道大学(東北帝大農科大学)で教師をするかたわら、明治43年、武者小路実篤や、志賀直哉たちと雑誌『白樺』を創刊しました。

大正3年に上京、活発な創作活動に入り、『或る女』『カインの末裔』『生まれ出づる悩み』など、、多くの名作を発表しています。

武朗は信じる思想から、貧しい労働者たちに深い関心をよせ、とくに『カインの末裔』では、有島農場をモデルとして、野獣の如く、世間と自然に挑戦しながらも、敗れ去って行く小作人の姿を、リアルに、しかもダイナミックに描いております。

大正12年6月9日

雲は入る みさごの如き 一筋の

恋とし知れば 心は足りぬ

の辞世の句を残し、雑誌記者をしていた波多野明子と軽井沢で心中、その生涯を終えております。

ちなみに、ひらがな名は北海道にえりも町があり、他にむつ市(青森県)いわき市(福島県)えびの市(宮崎県)などが有ります。

東洋のサンモリッツ・ニセコ

このニセコは全国的に有名なスキーのメッカです。「アスピリンスノー」とか「パウダースノー」と言われる、水分を余り含まないサラサラとした雪質、広大なゲレンデ、そして蝦夷富士羊蹄山を望む雄大な眺めなど、一度ニセコを知ったスキーヤーは、最後にまた、ニセコに戻って来るとさえ言われております。

ひとくちに、ニセコと言っても、ヒラフ・アンヌプリ・東山など、大小8つ(アンヌプリに4つ「ヒラフ・アンヌプリ・東山・モイワ」、ワイスホルン・チセヌプリ・岩内岳・旭ヶ丘)のスキー場があり、シーズンともなると、カラフルなウェアに身を包んだスキーヤーが、真っ白い雪の上に、次々とシュプールを描いております。

ニセコの名前

スキーでも有名ですが、一方では豊富な温泉地としても知られております。

五色温泉・湯本温泉・昆布温泉・新見温泉・ひらふ温泉・ワイスホルン温泉など、沢山の温泉がニセコ連峰の山裾に湧き出していて、湯治のメッカと言っても良いほどです。

ところで、このニセコの名前は、ニセコアンヌプリから付けられたものですが、アイヌ語であって、アイヌ語とは少し違うひびきになっています。と言いますのも、ニセコアンヌプリはアイヌ語で「ニセイ・コアン・ヌプリ」(谷によりかかる山の意味)がもとですから、「ニセイ・コアン」をニセコで切ってしまうのは、「弁慶が、ナギナタを振る」を「弁慶がナ、ギナタを振る」と同じになってしまい、おかしいのでは・・・というわけです。なぜ、「ニセイ・コアン」がニセコになったか、良く解らないようですが、今では、スキーヤー憧れの山「ニセコ」として定着しております。

此方が羊蹄山とニセコ連峰方面の眺望です。

ニセコ連峰

ニセコ連峰は、標高1308mのニセコアンヌプリを中心に、東西約20㎞の間に、1000m級の山々が11もつらなっています。

夏はいたるところに咲き乱れる高山植物や、神仙沼・大沼などが、静かなたたずまいを見せ、その麓いったいには、五色温泉、湯元温泉、昆布温泉などの温泉が点在し、冬は、スキーのメッカとして、大勢の人たちで賑わっております。

とくに、全国にその名を知られているスキーは、『アスピリンスノー』とか『パウダースノー』といわれる、サラサラした雪質、広大な眺めなど、一度ニセコを知ったスキーヤーは、最後にまた、ニセコに戻ってくるとさえ言われております。

また、ひとくちに、ニセコといっても、ヒラフ・アンヌプリ・東山など大小8つのスキー場があり、シーズンともなると、カラフルなウェアに身を包んだスキーヤーが、真っ白い雪の上に、次々とシュプールを描いております。

蝦夷富士羊蹄山

蝦夷富士羊蹄山は、標高1898㍍です。

日本各地に、津軽富士(岩木山)薩摩富士(開聞岳)など、富士と呼ばれる美しい山は、数多く有りますが、この羊蹄山もまた、蝦夷富士の名で親しまれております。

明治・大正の文筆家、大町桂月も「富士山麓の五湖に代わるに、偉大なる洞爺湖をもってして、何処から何処まで富士山に相似たり」と、その紀行文に書き記しています。

羊蹄山は周りにあまり高い山が有りませんので、頂上からの眺めはまさに360度、裾野には、羊蹄の影をうつす洞爺湖や、噴煙をあげる有珠山・昭和新山が箱庭のように点在し、遠く北海道の屋根、大雪の山々も望むことが出来ます。

また、山頂付近は、高山植物の宝庫で、ツガザクラ(紅色)・ミヤマキンバイ(黄色)・イワギキョウ(紫)など種類も多く、国の天然記念物に指定されています。

ところで羊蹄山は、「羊の蹄の山」と書きますが、実際のところ、「後ろの方の羊蹄」「後方羊蹄山」と書いて「シリベシ山」というのが正しい名称です。
(後方羊蹄山~後方を「しりべ」羊蹄を「し」と読み、シとはシブクサという植物の名前)
アイヌの人達は、「マッカリヌプリ」「川がとりまいている山」あるいは「マツネシリ」「女の山」と呼んでいましたので、これに羊蹄山、蝦夷富士、そしてシリベシ山を加えますと、本当にたくさんの名前を持っている山です。

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