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五稜郭タワーです。【函館市】
北海道観光個人ジャンボタクシー高橋の函館『五稜郭タワー』です。
五稜郭タワーの高さ98㍍地上90㍍の所に展望台が有ります。
この展望台に登りますと、星形の城郭が一目で見わたされ、なぜ五稜郭と名付けられたのかが、おわかりいただけると思います。🚕🚕
五稜郭公園です。
五稜郭公園は幕末の蘭学者として知られる武田斐三郎が、オランダの書物から学んで設計した、日本初の洋式のお城です。(他にも長野県竜岡城)
長い間、鎖国を続けていた徳川幕府は、たび重なる外国からの圧力に負けて、安政元年(1854年)神奈川条約(日米和親条約)をむすび、これまでの長崎に加えて、伊豆の下田と函館に、外国船の出入りを認めるようになりました。
そして、この蝦夷地も、徳川幕府が松目藩にかわって、直接おさめるようになり、箱館奉行を置き、五稜郭を築いて警備にあたりました。
五稜郭の工事を始めたのが安政4年(1857年)、完成したのが7年後の元治元年(1857年)です。
しかし、幕府のお城として役目をはたしたのは、わずか5年ほどだけで、まもなく明治維新を迎え、箱館戦争が起こると、榎本武揚率いる旧幕府軍によって占領されてしまったのです。
皮肉にも、外国との戦いではなく、日本人同士の戦いの舞台となってしまいました。
五稜郭という名前は、周囲の石垣が、星のような形になっているところから付けられたもので、当時、敷地の中には、木造平屋建ての箱館奉行所を中心に、土蔵や弾薬庫など、たくさんの建物が建ち並んでいたそうです。
現在は、国の特別史跡に指定されています。
公園内には市立博物館の分館があって、たくさんの史料が展示されており、およそ3000本の桜の木が植えられ、お花見時には、たくさんの人達で賑わいます。
また、夏には市民の創作による函館野外劇が上演される舞台ともなっています。
五稜郭公園は、幕末の蘭学者として知られる武田斐三郎が、オランダの書物から学んで設計した、日本初の洋式のお城です。(他にも長野県竜岡城)
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