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『皆楽公園キャンプ場』です。【月形町】
北海道観光貸切個人ジャンボタクシー高橋の『皆楽公園キャンプ場』です。【月形町】
月形町にある、皆楽公園キャンプ場へ行って来ました。
車から降りてすぐそこにテントの設営が出来、水洗トイレが完備されていますので、気軽に利用出来ます。
ログハウス型のバンガローもあり、テントが苦手な人でも楽しめます。
貸しボートなどもありますので、お子様にも大人気です。
近くに併設されている、月形温泉ゆりかごで日帰り入浴も楽しめます。
皆楽公園
27haの広大な敷地にキャンプ場、バーベキューコーナー、パークゴルフ場など様々なアクティビティがあります。
公園の周囲約3kmはサイクリングロードになっていて、貸自転車もある他、公園内の池には、北海道でも有数のヘラブナの釣り場として知られ、多くの釣り人で賑わいます。
※料金・営業期間は要確認お願い致します。
月形町
ここ月形町は、お米を中心に野菜・果物などの栽培をはじめ、最近では、カスミソウ、カーネーションなど、花の栽培も盛んになっている農業の町です。
囚人によって開拓されたこの町では、昭和48年に少年院を、続いて昭和58年には刑務所を新たに誘致して、刑務所とともに生きて来た、ユニークな歴史を物語っているようです。
石狩平野
石狩平野は、北海道の屋根、大雪山連峰に源を発する石狩川が、その中流から下流にかけて育てた大平原で、面積およそ4000平方km(東西36㎞、南北50㎞)、関東平野に次ぎ、日本で2番目に広い平野です。
「豊かに稔れる石狩の野に・・・」と、北海道大学の寮歌にうたわれているこの平野も、120年程前までは天をおおう原始林と、身の丈をこえるアシ原でした。
この平野の開拓は、安政年間(1854年~1860年)から始められましたが、本格的になったのは明治2年のことです。
札幌に開拓使が設けられ、本州から武士たちが入植し、また、新たにつくられた屯田兵制度によって、各地に兵村がうまれ、開拓が進められていきました。
大木を倒し、藪を切り開き、クマにおびえ、ブヨに悩まされ、水害を乗り越え、冬の寒さと物資の乏しさに耐えながら、一鍬一鍬豊かな大地に変えていったのです。
しかし、最後まで残されたのは泥炭地だといわれ、しかも、もっとも多いのがこの石狩平野です。
泥炭地はたいてい、大昔は浅い海だったところで、蛇行して流れる川沿いや、水はけの悪い沼地にできます。
こうしたところに生い茂るキタヨシ、ビロードスゲ、ミズコケなどの植物が、秋になって、枯れる季節をむかえても、低温のため十分に分解されないまま残ってしまい、長い年月、同じことを繰り返して厚い層を作ります。
これが泥炭で、厚いところでは、5mにもなります。
泥炭の積み重なってゆく早さは、1年に1mmくらいと計算されていますから、5mの層があれば5000年分ということになります。
泥炭地は、ちょっと見たところ平坦で、大きな木が無く、土が深そうなので、すぐにでも耕地になりそうですが、水はけが悪く、肥料分が乏しいうえ酸性が強く、耕地には適しません。
泥炭地を耕地にするためには、排水溝を掘って水はけを良くし、ほかから質の良い土を持って来て混ぜ合わせたり、石灰分をあたえたりして、土壌改良をしなければなりません。
ですから、改良を牛や馬にたよっていた時代には、おのずから限界がありました。
しかし、現在は、土地改良の研究や技術が進み、機械力もフルに活用するようになりましたので、開発のテンポも急速に高まり、各地に新しい水田や酪農地帯が生まれております。
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