北海道観光個人タクシー高橋のファーム富田ラベンダー観光案内です。

おはよう御座います👋😃☀昨日旭山動物園の帰り道、前日渋滞で行けなかったファーム富田、リベンジで見学出来ました。

連休最終日時間も、夕方と言うことで、スムーズに駐車場へ入れました。

ファーム富田は、今が最高😃⤴⤴ラベンダーも凄く綺麗に咲き乱れています。😃✌🚕🚕🚕

今年一番のファーム富田の写真👀📷✨で~す。どうぞ👍

こちらは2016年の写真です。

ラベンダー

ラベンダーはなぜこうも人を引き付けるのでしょうか。

それぞれこの花との出会いには思い出をお持ちのことでしょう。

通りすがりの道端で、人様のお庭で、グラビア雑誌のページをめくったときに、テレビの画面で、カレンダーをめくったときに、人から贈られたラベンダーの花束で始めて知った香りの印象など、人それぞれにこの花との出会いには強烈なものがあり、まるで永遠の恋人にでも逢った時の、感動に近い喜びといったところではないでしょうか。

中富良野町の「ファーム富田」のオーナー富田さんも21歳の時、始めて出会ったラベンダーの花に魅了され、ラベンダーを永遠の友として人生を送った人です。

この花が出す「フェロモン」が、誰にでも好かれる香りなのかも知れません。

ラベンダーの花言葉は「疑惑」で、ちっと近づきがたい感じもしますが、数あるハーブの中で、この花は「ハーブの女王」と伝われており、他の花にはない気品が備わっているようです。

生花があればバンドルズを楽しみ、一番手軽なのがドライフラワーにして楽しみ、乾燥した花を砕いてポプリにしたり、ガーゼに包んで湯舟に浮かべ、香りを楽しみ疲れを癒し、気分を落ち着かせる効果は抜群なのです。

収穫するのは開花直前が良く、蕾が色づいたころが最良で、香りも高く、ドライフラワーにしても、いつまでも花の色彩がよろしいようです。

此方は、彩りの畑の写真👀📷✨です。😃✌🚕🚕🚕

日光を好み、乾燥気味なのが好きなので、水やりは土の表面が乾いていても、2日~3日持つようにするといいようです。

植える時は密集させない事がコツだそうで、一本の苗でもすぐ沢山枝分かれして、こんもりとしてきます。

ラベンダーはスイスに源を発し、栽培は南フランスのプロバンス地方が主です。

ラベンダーはハッカと同じくシソ科の多年草性植物、60㎝ほどに成長します。

学名は①「ラヴァンデュラ」(昭和53年・7月の道新参考)、

②ラフィンドゥラ・アングスティフォリア(伊藤真希子さんの道新の記事参考)と二つの説が見つかりました。ラベンダーという名は「洗う」という意味のラテン語からきています。

独特な爽やかな香りは古くから知られ、ヨーロッパでは香料として愛用され、すでにギリシャ・ローマ時代には大浴場のお湯の香りづけに使われていたようです。

今で言う入浴剤であり、鎮静作用がある事も知られており、アロマテラピーの先駆けであったようです。

16世紀ごろから香料の原料として使われ始め、イギリスではエリザベス1世の時代に、王室で人気があったとも伝えられています。

「ヨーロッパでは男性がアフターシェーブローション・ローション、ヘアートニック、オーデコロンとそれぞれの思いで使っているが、ほとんど全てラベンダーの香り、欧米の紳士たちがいかにラベンダーが好きか、ということを物語っています。」と「香水」の著者堅田道久氏は書いていますが、実のところは女性が非常に好む香りで、抗菌、殺菌、そして鎮静作用があるわけですから、男性は女性を意識して使って大いに使っていると思われます。

日本におけるラベンダーの歴史をたどりますと、1937年(昭和12年)、東京でジャスミンなどの香料を手掛けていた曽田政治さんが主にフランスで作られた需要の多いラベンダーに注目し、日本での栽培を始めたのです。

種子はフランスから取り寄せたまではよかったのですが、なにせ初めて育てる植物ですからどうあつかったら良いのか、解りません。

そこで北海道大学、曽田香料の札幌農場、千葉、岡山、長野、北海道の各農業試験場で試験栽培をするという慎重さでした。

その結果、比較的涼しく雨の少ない北海道が最適である事から本格的に栽培する事となりました。

(南フランスは真冬でもマイナス3度位までしか下がりませんので、日本の適地は関東以南かと思われていたところ、意外な結果で、中でも北大が一番良い結果が出たという)

そこで札幌が最適と、曽田さんは昭和15年、札幌南の沢の農場16.4haでラベンダーの栽培を始めました。

昭和16年には岩内郡発足村で46haの広大な土地で作付け、昭和17年に日本で初めてのラベンダーオイルの抽出に成功したという歴史を残しています。

戦中、戦後は食料増産によってほとんど転作しましたが、種子、品種保存の関係から、曽田さんの農場だけは、こっそり栽培を続けていました。

戦後、世の中が落ち着きを取り戻したことから、昭和23年、札幌南の沢の農場では再びラベンダーづくりが始まったのです。

昭和22年、たまたま農業雑誌でラベンダーの記事を読んだ上富良野の上田美一さんは、ラベンダーに興味を持ち、これからの農業は時代の先端を行かなければと、札幌の香料会社から6000株を入手して植えたところ、失敗してしまいます。

しかし、上田美一さんはこれにもめげず、翌年昭和23年、今度は8000株を植えたところ見事に成功し、その後、曽田香料会社の委託栽培をするようになりました。

それが切っ掛けとなって富良野地方や後志地方にも、栽培地が広がっていったのです。

ラベンダーは痩せ地に強く何度も畑起こしをする必要がありません。

斜面に植えると土の流出止めにもなり、山間部向きの植物と言う事もあって、順調に栽培面積は増えていきました。農業は食料を生産するものだと考えられていた時代に、上田さんの感性が富良野地区の農業を変えたのです。

昭和28年、富田忠雄さん21歳の夏のこと、仲間と一緒に農業視察の途中、紫色に染まった大地が目の中に飛び込んできました。

それが富田さんとラベンダーの初めての出会いでした。

爽やかな香りと、風に揺れるラベンダー畑はまるで青い海そのものでした。

「満開のラベンダーが紫のパステルカラーの世界を作り出していたのです。この世の情景とは思えず、一瞬、自分の目を疑いました。大海原の傍らにただ呆然と立ち尽くし、めまいで倒れそうになるのを、やっとの思いでこらえていました。」と富田さんの書「私のラベンダー物語」に、ラベンダーと始めてあった時の感想を述べています。此れが富田さんとラベンダーの関わり合いが始まった瞬間でもあったのです。

富田さんならずとも、誰でもラベンダー畑を初めて見た時、一瞬言葉にならない感動が我が身を突き上げるものがあります。

余りにも幻想的な花の色と香り、一斉に咲いたときの風景は孔雀が羽根を広げたように鮮やかで、この世のものとは思われない「絶世の美人」に出会った衝撃にも、似ているかも知れません。

そんな富田さんがラベンダーの師と仰いだ人が上田美一さんでした。

明治37年生まれの上田さんと、昭和21年生まれの富田さんの出会いでもありました。

上富良野町の上田さんの畑を何度も訪ねては、ラベンダー畑を見ていました。

やがてしびれをきらして、上田さんにラベンダーを栽培できないものか相談を持ち掛けました。

その頃は上富良野、中富良野、富良野の農家の中にはすでに、ラベンダーの栽培を始めていた農家が何軒もあり、熱心にラベンダーを観察する富田青年にこのことを告げて、栽培を進めるのでした。

父親を説得するのに時間が掛かりましたが、昭和33年、ラベンダーと出会ってから7年経って、ようやく栽培にこぎつける事が出来ました。

時は流れ、ピーク時の昭和45年には全道で235haもの、作付け面積に及んでいたそうです。

(中富良野町は耕作組合が6つ、耕作する農家の数も250戸、富田さんはこの時1.2ha栽培していました。)

しかし、日本が高度成長時代、国内農産物価格が上がるのに対して、貿易自由化の波はこの富良野地区をもおびやかすことになりました。

すなわち、ラベンダーの香りに似た「ラバンディン油」が大量に輸入されたからです。以後、ラベンダーの作付面積は減る一方でした。

憧れのラベンダー作りを手掛けて15年ほどたった昭和48年、ラベンダーオイルの買い上げがストップ、乾燥した花、お線香の原料などとして出荷する程度で、世情の急変は農家を直撃し、納屋の中には2年~3年ストックされたラベンダーが置かれ、昭和51年には不要という宣告でした。

そんな時代の流れにぶつかりながらも、幾度、トラクターでラベンダー畑を踏みつぶし、お金になる作物を植え替えしようとラベンダー畑を見ながら迷ったそうです。

しかし、とうとう、とらくたーのアクセルが踏めなかった。

それによって現在のファーム富田があるのです。

さて隣町に住む上田美一さんはと申しますと、上富良野のラベンダー耕作組合の組合長を続けていました。

機械化された農業技術も進んでいく中、農家では割りの良い作物に転作し、昭和53年には全道で200ha以上の作付け面積が37haとなっていました。

その中で一番多かったのが上富良野の26haだったそうです。100戸を超えていた栽培農家も38戸に減っていました。

確実に栽培農家が減少していく中にも、上田さんのラベンダーづくりは続いておりました。

切り花を東京に送ったところ、花が落ちてしまうという失策もあったようですが、30年に亘るラベンダーへの情熱は、決して途絶えることはなかったのです。

昭和56年、上田さんはすでに77歳の高齢にも関わらず、厳しい市場の現況を奪回しようと試行錯誤、ラベンダーの復興策をいろいろ考え、ドライフラワーにして出荷することが多い時代に入っていました。

上田さんは「ラベンダーおじさん・偏屈じいさん」と云われながら、ラベンダーの品種改良に力を注ぐ毎日でした。上富良野町に上田美一あり、中富良野町に富田忠雄ありと、両者は師弟の間ながら、二つの町の将来を担ってラベンダーに託した思いは、観光に結び付き、今日の「ラベンダー王国・富良野」を築きあげました。

そのことを忘れてはならないと思います。

ラベンダーはどうして有名に?

何ゆえラベンダーがこれほどまでに有名になったのでしょうか。

それは昭和50年~51年、2度にわたって国鉄のカレンダーに、ラベンダー畑が掲載されたことでした。

そのカレンダーに載ったラベンダー畑は、まぎれもなく「ファーム富田」だったそうです。

なだらかな斜面を覆う紫色の花のジュータン、匂うばかりの美しさに魅せられてか、以来、ファーム富田のラベンダー畑を一目見ようと、訪れる人は次第に増えていきました。

しかし、皮肉なもので、農業として成り立たなくなった頃から、ラベンダーの花畑は人気出始めたのです。

当の富田さん「今年でこのラベンダーも最後かも知れません。いい写真を沢山とって下さい。」などと、カメラマンや旅行者の方々にふと、もらしていたくらいでした。

「ラベンダー畑をつぶさないで作り続けてほしい」とか、「なぜ、止めるのですか」とか、質問攻めにあった事もあるそうです。

しかし、この頃は香料をとる目的で栽培していたラベンダー作りは、限界にきていたのです。

そんな中にも毎年、かれんだーや雑誌にラベンダーは掲載され、花の時期になりますと年毎に訪れる人の数は確実に多くなってきました。

富田さんは心からラベンダーを愛する気持ちから、その後も苦しいながらもラベンダー農家として栽培を続けました。

その内、観光客も増える、珍しさも手伝って仕事中にも質問されるので、農作業に支障が出るようになったのです。ラベンダーは刈り取る時期を外すことは出来ません。

かと云って花を見に来てくれたひとにも見せてあげたい。

気持から一計を案じました。

それが次の内容を書いた掲示板だったのです。

「このラベンダーは人に見て頂こうと思って作っていた花ではないのです。私達家族の希望だったのです。ここ数年、世の中は変わってラベンダーはもう要らなくなりましたが、どうしてもつぶしてしまうようなことは出来ませんでした。苦しいいなかにも、この花の紫と爽やかな香りは私達に幸せを感じさせてくれました。北海道の冬はマイナス30度になります。そんな厳しい風雪に耐えてきたラベンダーです。どうかあたたかい気持ちで見てやって下さい。」と書いて畑の一角に立てたのです。

その後も様々な方があいもかわらず富田さんの畑を訪ねては写真を撮り、花に見入って感動を胸に秘めながら大勢の人達が帰っていきました。

そんな中に原産地の南フランスでラベンダーをみたことのある人が、「畑をつぶさないで、頑張って下さい!」

と励ましてくれ、ポプリやサシェ(匂い袋)の作り方を教えてくれたりと、富田さんのラベンダー作りに声援を送ってくれる人が増えていったのです。

※ポプリ  芳香を楽しむため、乾燥させた各種の花弁や香料を混ぜたものをいう。

※サシェ  匂い袋など、花弁を詰めて袋ものをいう。

元気だった母親の協力を得てポプリやサシェを作ってもらい、それを訪ねて来る方が記念にと買っていく、又作る。農家の庭がいつの間にか土産店に変わっていったという、思いがけない展開を始めていました。

農閑期には家族で楽しみながらポプリを作り、サシェを作ったそうです。

こうして現在のファーム富田の基礎が作り上げられていきました。

富田さんはこのファームを訪ねて来る人々を観光客とは言いません。

富田さんと同じように花が大好きで、わざわざ遠方からラベンダーに逢いに来て下さる方たちを「花人」と呼んでいます。

花人と 呼ぶ友きたる 今年また

暑き夏空 花むれ畑           詠み人 紫陽花

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