【襟裳町】襟裳岬周辺観光案内です。


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襟裳町えりも岬と灯台、えりも岬は、北海道を東西に二分する、恐竜の背骨のような、険しい日高山脈の突端が、60mの断崖となって、太平洋に落ち込むところです。そして、ごつごつした岩礁は、さらに8㎞の沖合まで続いています。また、この岬付近は、とても風の強い所で、1年の三分の二は、いつも風速10m以上の風が吹いています。そのため、樹木が茂るヒマもなく、この風に耐えている雑草だけが、生命力とたくましさを感じさせてくれます。激しい潮の流れ、キバをむく岩礁、たちこめる深い霧と、悪い条件が3つそろっているえりもの海は、むかしから、船乗り泣かせの海として有名です。その中でひとすじの光を放って、海の守り神となっているのがえりも岬灯台です。このえりも岬に、はじめて灯台が建てられたのは、明治22年の事です。現在の灯台は、昭和24年に建てかえられたもので、無線方向探知機、無線標識、気象観測なども行って、航行すんる船の安全を守っております。(えりも岬灯台、高さ、地上から14m、海面から73m)ところで、最近、えりも岬を訪れる人たちの人気を集めているのが、岬付近の海に、姿を見せるゼニガタアザラシの観察です。ここえりも岬は、(世界の)ゼニガタアザラシが分布する南の端にあたり、その数も日本一といわれています。体重およそ100kgという巨体のわりには、なかなか愛嬌たっぷりの、ゼニガタアザラシの姿をご覧になれます。

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日高山脈襟裳国定公園、荒々しい海岸美をほこるこの「えりも」と、高山植物の宝庫「アポイ岳」は、以前から、道立公園の指定を受けていましたが、これに日高の雄大な山なみを加えて、昭和56年、日高山脈襟裳国定公園が誕生しました。総面積は10万3000haあまり、国定公園としては日本でもっとも大きな規模をほこり、年間50万人以上の観光客が訪れております。

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黄金道路、えりも町庶野から広尾町までのおよそ30㎞の間は黄金道路と呼ばれています。ここは日高山脈が、ほとんど垂直に、40~50mの大絶壁となって海に落ち込み、そのすそは、絶えず太平洋の荒波が岩をかみ、道路を洗っています。むかしは東エゾ地の3大難所の1つに数えられたところで、雄大な男性的な機関が続いています。ところで、この黄金道路という名前は、その素晴らしい眺めをほめたたえて、つけられたものではありません。実は、そのものズバリ!黄金を敷きつめたほど、お金がかかった所からつけられた名前です。この道路は昭和の初めころ出来たものですが、科学技術や機械力が今のように進んでいなかった当時の事ですから、道路づくりの苦労は並たいていではありませんでした。堅い断崖をくりぬいて、いくつものトンネルを、やっとの思いで掘り、また、荒波に洗われながら防潮堤を築いて道路をつけました。しかし、せっかくつくり上げても、いったん時化にあうと、見るも無残な姿に変わってしまいます。そのたびに設計の変更が行われ、しかも、この間に20人あまりの尊い命を失ってしまいました。かかった費用は、当時のお金で95万円といいますから、現在ではどの位になるでしょうか。関係者にしてみますと、お金を敷きつめる思いであったことでしょう。しかも、その後も黄金道路の《三大危険》といわれる雪崩、土砂崩れ、波浪の危険は去らず、今もなお、工事が行われ、お金がかけられています。数十mの断崖にかかるフンベの滝、岩肌に咲き誇る高山植物、海岸におりて昆布を拾う人々の姿、黄金道路では、今もなお、大自然のもつ力と、人間の生み出す科学の力が、しのぎを削って争っているのです。

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百人浜と一石一字塔、百人浜と呼ばれているところです。浜辺の一角に、悲恋沼という小さな沼があり、そのほとりには、一石一字塔が建てられています。ところで、このえりも岬は、親潮(寒流)と黒潮(暖流)のぶつかり合うところで、1年中、海霧の切れ間がなく、晴れて青空の見える日は、数えるほどしかありません。そのうえ、えりも岬は沖合8㎞あまりも続く岩礁が、鋭いキバを向いている難所で、むかしから、ここで、海の藻くずと消え去った船や人は、どれだけあったか分かりません。百人浜という名前も、そうした悲しい出来事からついたと言われます。文化年間(1884年)、この近くの様似町のトウジュ院の住職で秀暁という人が、土地のものから、悲しい百人浜の話を聞き、その人々の霊をなぐさめるため、小石1つ1つに一文字ずつ、3年を費やして、経文を刻みました。そして、これらの小石を埋め、その上に花崗岩の一石一字塔を建てて、この海で亡くなった人たちの供養をしたのです。最近では、百人浜オートキャンプ場が出来てにぎわい、百人浜のイメージも大きく変わろうとしています。