【洞爺湖温泉】洞爺湖観光案内です。


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洞爺湖、周囲43㎞深さ179mのドーナツ型をした洞爺湖の真中に、4つの島が浮かんでおります。1番大きい島はが大島、その右隣の三角形の小さな島が観音島、観音島の右隣の平たい島が弁天島です。また、大島と観音島の間の、かわいらしい丸い島は、まんじゅう島です。この4つの島をあわせて中島、または中の島と呼んでいますが、いずれも湖が出来た後に、ふたたび噴火して生まれた島です。

大島、周囲8㎞、水面からの高さ381mの島です。アイヌの人達は「トー・ノシケ・モシリ」湖の中央の島と呼んで、多くの伝説や言い伝えを残しています。現在は、エゾ鹿と野鳥の楽園になっています。

ところで、このエゾ鹿が一時増えすぎて困った事が有ります。(昭和59年)狭い島の中で鹿だけがドンドン増えてしまい、その食糧となる草や樹木に影響が出始めたのです。禁猟区の為に、射殺するわけにもいかず、包囲網をめぐらして、大々的な捕獲作戦が展開されました。そして、90頭余りを生け捕り、昭和新山の鹿公園に移しましたが、大島の笹は鹿の食糧になってしまった為、ほとんど食べつくされて、鹿の口が届く、地上2m位の木の枝には、1枚も葉がついていなかったそうです。

観音島、アイヌ語の「カムイ・チセ・モシリ」神の家の島という意味です。

円空上人の彫った観音様が祀られている所から、この名が付いたようです。円空上人は「ナタ彫り円空」と呼ばれて、全国各地に、独特の仏さまや神像を残しています。北海道にも円空歩いた足跡の様に、点々とその作品が残されています。円空は、美濃の国(岐阜県)に生まれ、64歳で亡くなっていますが、生存中に、12万体の仏像を作ることを目標とし、作品はすべてナタ1丁によって彫られ、その力強さと荒々しさが、大きな魅力と言われています。また、円空上人は、北は北海道から、南は九州まで、ほとんど全国を巡っており、北海道にわたったのは寛文5年(1665年)で、2年ほど滞在したらしいと言われています。円空の作品は、函館を中心として、南北海道に多く見られ、40カ所(約50体)ほどの神社・お社・祠等に残り、庶民の信仰の篤かったことを物語っています。また、観音島はとなりの弁天島と、陸続きなところから、2つあわせtw「トープ・モシリ」ふたご島とも呼ばれていたようです。

弁天島、アイヌ語で「トップ・モシリ」竹の有る島と言う意味です。安政年間に建てられた厳島神社があり、弁天様が祀られています。

饅頭島、アイヌ語で「ポン・モシリ」小さい島と言う意味です。青大将が沢山いる所から、別名蛇島とも呼ばれています。